ニューヨークの十年
私は若い頃、ニューヨークで約十年を過ごしました。政策を学び、英文の契約と向き合い、言葉も商習慣も異なる世界で、交渉のテーブルの両側を見てきました。
そこで肌に刻まれたのは、契約とは、文化と文化が言葉を介してぶつかる場所だ、ということです。同じ一語が、立つ位置によって違う重みを持つ。その機微を、机の上ではなく、現場で知りました。
私はいまも、随筆家として言葉を綴り続けています。言葉で思索を運ぶことと、言葉で権利義務を定めること——根は同じです。どちらも、「意味」を正確に扱う仕事です。
だから、あなたの契約書を前にしたとき、私は単語を訳すのではなく、その奥にある意味の重さごと、あなたの側で受け止められます。